青雀の散歩未知

未知なる日常のあれこれ綴り。

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見るものと見られるものという枠組み 





IMG_20141214_135509.jpg


そこにりんごがある。
りんごはそれを見ている自分、つまり「見る者」がいるから見えている。
りんごは「見られるもの」という認識の枠組み。
日常で起こる様々な「断片的」な活動は、この認識の上で成り立っている。
私とあなた、私と社会、世界、彼女。。

しかし当てはまらないものもある。

全体に対しては。

刻刻の経験全体は、それを経験している自分がいるからだ。
自分はからっぽの空間であり、無であり、そこに起きてくる様々な経験が通り過ぎてゆく。

自分とはからっぽの空間であるという認識。

これも上に書いたものと同じ認識パターン。
見る者と見られるものという相対認識。
経験と経験が起こる場としての自分という。

認識が起こるのは事実だが、認識そのものは断片。
認識の断片性が理解されれば、見る者と見られるものなどもともと存在しないことが顕わになる。

J.クリシュナムルティが「見るものは見られるものである」と言ったのは
言葉を使って事実を表現したものなんじゃなかろうか。
見る者というその認識自体が断片だぞと。
その結果、見るものと見られるものという認識にとっては、わけのわからない文脈になってしまい神秘的な響きを纏ってしまったのだろう(笑

とか、ふと思った。

EOS Mのデザイン、いいね。


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ピント 







ひさびさの更新。
また体調が崩れ始めてきたなー。今年は大変。。

今日は新レンズのピント調整作業をやった。

工作精度が世界一の日本の工業製品でも、量産されている以上かならず誤差がでる。
カメラのAFまかせでピントが合っているように感じても厳密にチェックするとジャスピン(ピントがズレてない)になるものはなかなか少ない。
ただし、多少のズレであれば縮小をかけてPCモニターで見るレベルでは分りにくいかもしれない。
でもどこかピンとこない画というのは、このピンズレが原因である場合も多いと感じる。

数年前まではカメラ側にピントの微調整機能がついてなかったので、ピントがズレた場合は
レンズメーカーにカメラボディとレンズをセットで送って調整してもらうというのが一般だった。
でも最近のキヤノンの中級機以上のカメラにはピントの微調整ができる「AFマイクロアジャストメント」という機能が搭載されていて、いちいちメーカーに送る手間がなくなり大変便利^^(メーカー側も楽になったはず^^)
昔からカメラと同じメーカーの純正レンズであればピンズレはほとんどなく、逆に価格の安い社外製のレンズはピンズレが多く、調整作業が大変とか言われてきたけれど、本当にそうかな?と。
つーのは、僕の純正レンズでもかなりピンズレがあったのでー(笑
なので良いレンズのはずなのにどーも写りが良くないとか感じる場合は、ぜひレンズのピント精度をチェックしてみたほうがよいと思う。

ピントと言えば、そもそもピントが合っているかどうかを判断しているのは自分の目。
目は視力低下や疾患がなければ、ジャスピンが当たり前。
これだけ大量生産?されている人間の体なのに工作精度は尋常じゃない(笑
最高の解像度を誇っているのは実は自分の目なんだよね。
もっと正確にいえば「これそのもの」なわけだから解像度うんぬんの次元ではないけどねー。

そーいえば、日本の精密工業で働いている職人さんの話では「機械はどう頑張っても雑」らしい。。
どんなに超絶な精度を誇る製造機械でも研ぎ澄まされた職人さんが作ったものには精度が追いつかないらしい。。
人間ってすごい!

とろこでセブンの100円コーヒー。
抽出し終わったときのお知らせ音、なんとかならんかな。
壊れかけたブザーのようなしわしわの音。。
ギーッギーッギーッ。。。




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