青雀の散歩未知

未知なる日常のあれこれ綴り。

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透明化っ! 





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ついこのあいだ、ヨドバシの店員さんと愉しいカメラ談義をさせていただいた^^
やっぱりなんですね。ヨドバシの店員さんの半端じゃない商品知識は有名だけど、さらに輪をかけてすんごい店員さんもいるんだね。
いろいろ最近のカメラメーカーの傾向などを教えていただきましたよ。

その中で面白かった話を1つ。(面白くもなんともないかもだけど)
最近手もとに来たキヤノンのコンデジ「S120」の写真の上がりをみて「ずいぶん画作りが変わったなー」と感じたので、その辺を店員さんに聞いてみたら

『はい。おっしゃるとおりです!(キッパリ)
キヤノンさんに限らず、ニコンさんや他のメーカーさんもみな最近は画作りが変わってきています。
簡単にいえば“うす味”です。以前は“こってり系”が主流だったのですが、最近は“あっさり系”になってきました。
(天一かっと心の中でツッコミ)

“あっさり系”といっても、単に色が薄くなっているわけではないんです。
実は色の階調が豊かになっているのです。センサーや画像処理エンジンの技術がどんどん進化しているので、以前よりも実際の階調豊かな色を忠実に再現できているということなんです。
(ほほ-と心の中しきりに頷く)

例えば、これまでは「陰」などは黒くつぶれがちだったところが、より豊かな階調で表現できるため、全体的に明るめに見えるんです。なので“あっさり系”になるのです。
(はっはーと心の中しきりにハードコアライブクラスのヘッドバンキング)

キヤノンさんも画像処理エンジンDigic5からDigic6にアップデートされてだいぶ色味が変わりました。
(でしょーでしょーと心の中しきりにハードロックライブクラスのジャンピング)』

というわけだそうです。
抱腹絶倒ですねー(ちがうだろ)

で、たしかにそうなんですよね。最近の画作りは「透明感」が増している感じ。
そう、実際の色って透明感があるんですよね。目で見ているいまこのこれです。
これがどんどん見えている通りの画に近づいているんですね。全体的に。

カメラメーカーの画作りに限らず、ここのところ“こってり系”というのはどの分野でも古くなっている感じがしますね。
昭和的というかイケイケドンドン的というか。。
写真の色の階調がますます豊かになって、より繊細な方向に流れているのと一緒で
人々の感性もゴツゴツと明暗のはっきりした単純なコントラストから、より階調豊かで透明感のある繊細な方向に流れているような気がしますね。
最近の子供たちを見ていても、まさにそんな感じ。

ちなみにヨドバシのスーパーな店員さんは
お相撲さんのような体格の“こってり系オタク”でした。。(この落とし方もこってり系。。)




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thread: にちじょー | janre:  |  trackback: -- | 本文: 2 | edit

イレギュラー 








ここのところというか、昨年から体調が不安定なかんじ。
不安定と言えば、日常で起こる出来事というのは、大抵イレギュラーの連続なわけで
頭で望むような状態というのを打ち砕くかのように進むわけで
それがなんとも不思議で面白くて生の醍醐味なのだと感じている。

このあいだたまたまヤフーニュースをみていたら俳優の伊藤四朗さんの記事があった。
芸能界の重鎮・伊東四朗が語る、「逆境を越えた生き方」

ここ20年くらい、ほとんどテレビは見ないクチなのだが、若いころ、お笑い番組やドラマに出ていた伊藤四朗さんを見て
なんとも味のある人だなぁと好感を持っていた。
で、上の記事を読んで、ははーんと納得。

イレギュラーの効用。

と言うのも変な言い方だが。
一つ言えるのは、今までになかった回路が開くというのか、解放されるというか、なにか潜在的に滞っていたモノが、イレギュラーへの対処を通じて解き放たれ、それで本来の落ち着きが現れるというのか、そんな感じとなる場合が多い。
無意識の滞りを揺さぶって破壊して、そんで風通りがよくなるような感じか。
エネルギー的なマッサージ効果。
そして、これまで気づかなかったいろいろな発見がある。これが一番大きいかな。

イレギュラーな出来事に対処することは本当に大変なことではあるが。
そりゃ未知の出来事なわけだから。過去の経験を使ってみたり、想像力を使ってみたり、無になってみたりと
ありとあらゆる試行錯誤の中で進んでいく。
まじめに対処してれば。
そんで、結果がうまくいくかどうかは全くわからんのだけど

で、ふまじめ、というのは、避けられない目前のイレギュラーを無理に避けようとしたり、回避しようとしたり、変な言いわけで自己幻惑してみたり、幻想に逃げ込んだりと、つまり目前の出来ごとに向き合ってない状態。
この状態が良いとか悪いというのではなく、逃げていれば、ほぼ間違いなく同じ状況が再びふりかかってくるし、しかももっと大変な状況となってますますエネルギーが膠着し辛い状況になっていくのにどこまで逃げるんすか?つー。。

で、伊藤四朗さんは、手を抜かず、日々の出来事に対処し続けてきたんだろうなぁと。
そこからあの何とも言えぬ味わいが発せられているのだろうなーと。
そんなことを感じた。

とりとめもなく書いてみますた。。


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