青雀の散歩未知

未知なる日常のあれこれ綴り。

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続 恐怖がもたらすもの  








しつこく、恐怖シリーズその3^^

恐怖は、中心に願望を引き寄せ「よう」とする強い運動を産むわけだが。
それはそれはしんどい感じを生む。
有無をいわさず生む。
うーむ。。しつこいっ。

幻想の時空(世界)に閉じるから。

もちろん、何も好き好んで幻想の時空に閉じてしまうわけじゃない。
恐怖が作動すると間違いなく自ずとそうなってしまうのだ。

恐怖は「自分」と「敵」という対立を生む。
「自分」と「敵」という距離の誕生。心理的な距離の誕生。

「敵」もあれば、その反対の「味方」というか安堵というか
そーいう妄想も生んじゃうから、そこにも距離が誕生する。

自分と敵と味方という三つ巴がおりなす空間。

自分はいつかは敵を解消して安堵を得るのだ、という
心理的な時間も生んじゃう。

幻想の時空間(世界)のできあがり~。

ところで、恐怖とは無関係に現象している日常の時空というのもあるが。
花とか空とか海とか人とか社会とか宇宙空間とかね。
これも、知覚により誘導的に認識させられている世界「感」と感じる。
身体を中心とした広大な3次元空間のように感じられるが、よくよく見ればどこをとっても距離(奥行き)などない。
「距離(奥行き)」を想起させるような知覚が起きているだけ。

それで、面倒なのは「恐怖時空」と「日常時空(とでも呼んでみる)」がごっちゃになっているときだ。

当然、恐怖の中にあるときはごっちゃになっていることには全く気づけてないわけで
「恐怖時空」だけが現実と実感している。
そんで日常時空との間で起こる摩擦の痛みがますます恐怖を高め「恐怖時空」を頑なにする。

「恐怖時空」は幻想のくせに固い(笑
そのくせ激しくせわしない。

身体も影響を受けて緊張し収縮し固くなる。
同時に精神的にも滞る。
そんでますます苦しくなり、恐怖する。
なのに閉ざされた「恐怖時空」の中で安堵を得ようとしてもがき続ける。。
ううう。。しんど。。

「自分」がもがいてるんじゃない。
エネルギーが、だ。
愛がもがいてる~とか書くと。オシャレ?

そりゃー閉塞するし爆発もするがな。
痛みも出るがな。身体もやられるがな。

逆に、この閉塞がずっーと続かないところが、日常時空の強さだね^^
あたりまえだけどね。
ちっぽけで固くなった断片は、どう抵抗しても、粛々淡々パワフルに起き続ける日常時空には逆らえず
消えてゆく。
恐怖時空にとっては、最大の恐怖だけれど。
日常時空も壊れるけどね。

形あるものは壊れるというのは
全くその通りだなと。



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