青雀の散歩未知

未知なる日常のあれこれ綴り。

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謎の安定 





いま目の前のPCのモニターを見てますね。

おそらく今まさにここに書かれている文字を読んでますね。

では、文字だけじゃなくてモニター全部を見てみる。

次にモニターを含めた背景全部を見てみる。

ついでに視界全部を見てみる。







何か音が聞こえますね。



PCのファンの音。




通りを過ぎる車の音。




外で鳴いている鳥の声。




子供たちの笑い声。




家で動いている家族の音。




うるさい音も聞こえるかもしれない。




それでも



いま全体で起きている

この刻刻と過ぎる経験は




とても静かじゃないですか?



とても安定してませんか?



とても明白ではありませんか?



とても開放的ではありませんか?





目前で何が起きてようと



音がうるさかろうと



暑かろうと寒かろうと



それらとは無関係に




静かで



安定し



明白な



開放が



ありませんか?





あるよね。







確認してみて。



日常のどんな時でも。



起きてすぐでも。



通勤電車の混雑の中でも。



仕事中のデスクでも。



帰宅途中に歩いている時でも。



彼女と喧嘩の最中でも



これは無理か。。






経験全体を見るとき



全体は



常に



静かで



安定し



明白な



開放








そうでないことはこれまで一度もないし





この安定から逃れることもできないし





この明白さのどこかに隠れることできないし





この開放を閉じることもできないし





ずーっとこれまでそうだった




とても親密で





普通な






「これ」





「謎の安定」




















とっても





不思議








だって




何をせずとも





ただこれが






厳然として





これであり続けるという




不思議

















唯一


この「謎の安定」を失ったと


勘違いするのは



経験全体の「どこか一部」に

意識が凝縮しているとき


たとえば考え事、心配事


たとえば将来のこと、過去のこと


たとえば真ん中にある身体のさまざまな反応


たとえば他者の反応







その時のみ


「安定」を失ったように感じ



落ち着かず

不安であり

苦しみが湧きあがり

もがきだし

探し出す







これを


「混乱」という。











「謎の安定」は





いつでもここにあるのに





何が起きてようと





常にここにあるのに





常に全体でしかありえないのに





部分に意識が凝縮するがゆえ





それを失ったと勘違いし




求めだす。













常に「これ」であり


「これ」以外であることはできない


という





常に静かな安定であり


これ以外であることはできない


という





常に開放であり


これ以外であることはできない


という





常に全体であり


これ以外であることはできない


という





常に得ているのであり

得られないことはありえない

という






単純な素朴な





「事実」






しかない。













複雑で

苦しくて

重くて

興奮で

対立で

閉塞が

あるとき



それは確かに湧きあがる。



湧きあがるのも事実。







だが

これは



「一部」に意識が凝縮してるよ



エネルギーが窮屈で苦しんでるよ



開放されたくてもがいてるよ



という経験からの




メッセージ




のようなもの






そして




必ず





過ぎ去る












それほどまで





経験はやさしい。















ふと全体を見れば



「謎の安定」が



ここに頑としてあるのだ









探さなくてもいい



探せば失う





ここにある



常に




日常が




謎の安定




そのもの


















そして




あなたも



この謎の安定以外で



あったことなど






かつて一度もないのだ



















同時に






これも言える









あえて探すのも






ならではの







愉しくも





甘く





切ない





豊饒な





経験







それはもう





















恋なくして









人生は








つまらない







というか







人生は






恋そのもの








経験


















一休さんが言った








心配するな






なんとかなる






って






事実だね。








経験が





「ただ」





自発で





花開く





だけだ












謎の安定と共に











心配しても
何もいいことないのさ



訳わかんないこと信じたって
何もいいことなんてないのさ













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