青雀の散歩未知

未知なる日常のあれこれ綴り。

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概念の実体視がもたらすもの 






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多くの精神的苦痛は、疾患的なものでない限り
「起きていることが正確に見えてないこと」で起こるように感じる。

「起きていることが正確に見えている」ということは、文字通りであり
先入観に影響されることなく、起きていることそのままであることの自覚(という表現も違和感があるけれど)であり
ある思想的な枠組みや、理想や、逃避的なエネルギーを基点にした反応が起きてない状態である。

自分、他者、社会、会社、制度、経済、思想、宗教。。
ありとあらゆる概念が、まるで実体であるかのごとく錯覚しているとき
(もちろん概念は、日常の機能として起きており使用されているものであるが)
そして、それらに対しての批判や(あるいは肯定も)が強くあるとき
その概念が、まるで概念であることそれ自体に苦しむかのごとく、もがき、動き回る。

敵対する概念(自分、他者、社会、会社、制度、経済、思想、宗教。。)が、単なる概念であると理解されるとき
これまで絶対視していた現実が、実は自身の内面で起こっている断片的な出来事であるということが理解されるとき
根源的な精神的苦痛は、自ら消失する。


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