青雀の散歩未知

未知なる日常のあれこれ綴り。

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摂取過多 










最近感じるのは、情報にせよ食事にせよ、摂取しすぎというのは心身のバランスを崩すのではないかということ。
もちろん個々の気質、体質にあった摂取量というのは様々なのだろうけれど。


我々は、何かの問題、不満、欲求を解決するとき、それを満たすために「新たに何かを摂取する必要がある」と考える。
摂取しなければ、この問題、不満、欲求は解決しないと。
簡単なところでは、病気の時は薬が必要、腹が減れば飯が必要、生きることに不満があれば「生き方の処方箋」(世界観等)が必要。。


断捨離、デトックスというものが流行って久しいけれど(ん?もう流行ってない?)
これは一理あるというか、あらゆるものが摂取過多の現代では、時代の自然な排出作用の一つなのではないかとも感じる。


食も、情報も、摂取し過ぎが原因で問題を作りだしているのに、問題を解決するのにさらに新たなものを摂取し、(あるいは同じものを摂取し続け)
実は問題を解決するどころかますます問題を根深くしているという混乱もあると思う。
吸ってばかりいて吐くのを忘れているような混乱。
食べて(溜めて)ばかりいてしっかり排出するのを忘れているような混乱。


体調を崩して、回復する過程で感じたこと。


ところで、妄想や心理的な反応というのも、一つの排出作用ではないかと感じることもある。
放っておけば排出されて落ち着く。
下手にかまったり捉われたりすると、余計にややこしくなる。
言葉が悪いけど、自分で出した便をまた食べるような混乱があるかも?

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